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2007年3月26日 (月)

誇り高き日本人でいたい

四季のある日本が好きだ。
多彩な食文化を持つ日本が好きだ。
亜熱帯に属し森林の多い日本が好きだ。
八百万の神々が住まう日本が好きだ。
現存する世界最古の皇室という文化を持つ日本が好きだ。
武士道精神を持つ日本が好きだ。

そんな私の感性を刺激してくれる『青い目の日本人』C.Wニコルさんの本を久々に手に取った。
(ニコルさんは日本国籍を取得されたそうです)


誇り高き日本人でいたい

「自己犠牲の精神や勇気に満ちた、あの誇り高き日本人はどこへいっってしまったのか?」
帯の文字に心が痛む。
国土の70%を木に覆われた世界に冠たる森の国でありながら、原生林は国土の2%でしかないことにニコルさんは嘆く。
そして百年後、二百年後、千年後を見据えて森を守ろうとしている。
ニコルさんは森を守ろうとしているだけでなく、日本人の古き良き美しさも守ろうとしている。
 地面に座る若者に嘆き、せっかく靴を脱いで衛生的に過ごす日本の床にその地面に座った尻を置くことに苦言を呈する。
国旗や国歌を大切にしないことが他国の象徴を侮辱する精神を作ってしまうことを「失礼であり、危険なことだ」と警告を発してくれる。
 『いただきます』という言葉に込められた全ての生命に対する感謝の気持ちを大切にし、学校で「いただきます」と言わされた子供の親が『給食費を払っているのに何故そんなことを言わなければならないのか!』という嘘のような本当の話に溜息をつく。
 河原のドラム缶でビニールでも何でも燃やし、そのダイオキシンや重金属の入った燃えかすを川に流す人達に警告を発する。(ダイオキシンは浄水場では取り除くことができないんだそうです)

ああ、もう日本は、日本人はこんなこんなレベルになってしまったのかと悲しくなるとともに、自分のできることを一つずつ歩んでいこうという小さな勇気をもらえる本です。

そういえば、この秋に長野から新潟に旅行したのですが黒姫という地名が見あたらなかったのを不思議に思っていました。
市町村合併で新しい名前が「信濃町」になったということもこの本で知りました。先祖の土地に対する敬意が感じられませんね。
私も黒姫という地名が好きだったので残念でなりません。

ニコルさんは(財)C.W.ニコル・アファンの森財団にご自分で購入された土地を寄付されて森を守ろうとされています。
興味を持たれた方はこちらへ http://www.afan.or.jp/

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コメント

国旗・国家・皇室以外の点では全て同意します(ってそれで同意していることになるかは別として(^-^;))。

時代の制約もあったとはいえ、多様性ある生態系があったはずの原生林を刈り払い、見渡す限りの杉山だらけにしてしまったのは明らかに失政であり、禍根を末代まで残す愚行であったと思いますね。

自らが生まれ育った土地や人・自然に愛着を持ち愛情を持ちまもりたいと願うのは人情として本当によく分かります。

しかしそうなると、私自身は生まれたときから杉山に囲まれその山から木材を運ぶ親の仕事のおかげで成長したとも言えるわけで、逆に杉山をまもらねばならんのだろうか?(^-^;)。

投稿: あめんほてっぷ | 2007年3月27日 (火) 09時32分

あめんさん、やっとかめ

皇室の話は建設的な議論にならないだろうからパスして(笑)

<引用:P.181>
 ダブリンのバーで、それまで楽しんでいた人々が姿勢正しく立っている。恥ずかしい話だが、アイルランド国歌に気づかなかった。でも途中で分かり、友人の日本人たちと起立した。国歌が終わると、ずっと気づかず騒いでいたアメリカ人グループは非難され、我々は周囲から友好的な笑みをもらった。
 どの国でも、これはとても真剣に考えられていることだ。日本の若者がオリンピックのような国際的な催しでさえ、国旗掲揚と国歌演奏の際に、背中を丸めただらしない姿勢でサングラスを取らずにいるのを見ると、私はひどく腹が立つ。これら国の象徴に反対の人は、別のものに変えるよう尽くすべきだ。自分が正しいと主張しても、国旗と国歌を無視してはいけない。先生がたにはとくにお願いする。もしあなたの生徒が日本の象徴を敬わなくなったら、生徒たちは他国の象徴も侮辱するだろう。それは失礼であり、かつ危険なことだ。
</引用>

日の丸や君が代が嫌いなら別のものに変えるようにしてください。
日本には言論の自由も結社の自由もあるのだから。そして近隣諸国にはそれらが無い国ばかりだし、そういう国が『日の丸』や『皇室』を嫌っているというのも面白いものです。
学生がデモをして戦車に轢き殺されるなんて映像が流れてもそれが「なかったこと」になるような国に暮らしていなくて幸せだと思うのであります。

投稿: おみゃー | 2007年3月28日 (水) 00時50分

 どんもー。ここんとこ仕事に振り回されて、ミクシィでも覗いてはいますが「書く」ところまでなかなかいきません。

 おみゃーさんとは長いつきあいですが、皇室に対する考え方は↓の通りですので、もしよろしかったら再読をよろしくお願いします。
http://amenhotep.blog22.fc2.com/blog-entry-13.html
http://amenhotep.blog22.fc2.com/blog-entry-16.html

 日の丸はですね。デザインとしては世界各国の旗の中でもこれくらいシンプルで美しい旗はないと思いますよ。出来るものならばこれをこのまま使いたい。

 それに待ったをかけているのが、過去の忌まわしい戦争の記憶であり、その責任をきちんと精算しないまま国旗掲揚の強制だけはしようとしている為政者の姿勢であります。

 「日本が行った過去の戦争は多大な苦しみを自国他国問わず多くの人々に与えてしまった。我々はこの美しい旗に泥を塗ってきた。しかしながら自ら過去に目をつむることなく、この旗を再び日本に住む我々の誇りとするために、これからわれわれは最大限の努力を払おう」

 こういう意味の姿勢の片鱗でもお上にあれば、私も少しは考え方を変えたかも知れません。残念ながら実態はそうではありませんが。

 では国旗国歌を敬う習慣が定着している外国に行っても、私はその国の国旗国歌へ敬意を表したりはしないでしょうか? 決してそんなことはない。これは敬意を表することが世界の常識だからというより、国旗国歌を敬うことがアイデンティティの一部を為しているその国の人々の気持ちを尊重しようとする意思によるものです。

 政治的信条から日の丸君が代を拒否することと、他国の習慣を尊重することとは何ら矛盾しません。私にとっては当たり前の気持ちなんですが、おみゃーさん、分かってもらえませんか。

投稿: あめんほてっぷ | 2007年4月 6日 (金) 13時10分

あめんさん、まいど。

私も年度替わりでブログの更新をする気力すらない状態でした。

http://amenhotep.blog22.fc2.com/blog-entry-13.html
http://amenhotep.blog22.fc2.com/blog-entry-16.html

拝読いたしました。前回の私のコメントは自分基準にすぎないことを痛感致しました。
申し訳ない。
(自分基準=自分がサヨクだったころの考え方に基づいて他人の意見を早合点すること)

当時の私は日の丸を忌むべきもののように考えていましたからね、あめんさんもそうだと決め打ちしてしまっていたのです。

恥ずかしくって穴に引きこもることにします(^^;

投稿: おみゃー | 2007年4月 7日 (土) 23時08分

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